残像に口紅を

「実験のような、遊びのような、批判のような…。言葉が消えてゆく不思議な小説。」
何か余韻が残るような印象的なタイトルに一目惚れしてしまった本書は、1989 年の筒井康隆著の実験小説。

音が一つずつ消えてゆくとともに、その音を含む言葉も消えてゆく。そして、表現するすべを失ったモノ、ヒト、コトは、違う表現を探り足掻きつつも、ついには消えてゆき、記憶からも淡雪のように消えてゆく。すべての音が消えてしまったところで、物語は終焉を迎える。

筒井康隆氏で思い出されるのは、1993 年の断筆宣言。言葉狩りの風潮に対して怒りを露にしたものだったと思うが、表現方法が無くなることが、その言葉が表すモノ、ヒト、コトそのものが消えてゆくことに他ならないことを、この実験小説で既に明らかにしていたからではないだろうか? 人は言葉を通してモノゴトを認識するのだ。無くしたかったものは差別なのかもしれないが、その言葉が表していた大きな問題を、認識できない世界に追いやってしまったのは、大き過ぎる副作用だったのではないだろうか? そんな心の残像を思い出させる、貴重な一冊。

いわゆる小説とはずいぶんと違う作品であり、これをおもしろいと表現してよいのかどうかも悩むところ。このなんとも表現し得ない感覚は、実際に読んでもらうしかないのかもしれない。

残像に口紅を (中公文庫)

残像に口紅を (中公文庫)

現代仮名遣いに対する批判もあるのかも…と云うのは、深読みし過ぎかな?