非常民の民俗文化

非常民の民俗文化―生活民俗と差別昔話 (ちくま学芸文庫)

非常民の民俗文化―生活民俗と差別昔話 (ちくま学芸文庫)

世の中にはなかなか表に出てこないような事柄がたくさんあるが、本書で綴られているものは、そういったものの一つだ。教科書に載ったりしないような話で、フィールドワークしようにも、基本的にはあまり語られることのないような事柄を、著者の体験を基にして綴っている。

現代社会に築かれている価値観は、「声の大きい人達」の影響力によってできあがっているが、それはけして理想社会を目指したものではない。事なかれ主義的発想で、臭いものに蓋をすることを繰り返してきた部分と、商業主義で発展してきた部分が大きい。しかも、巨大化したメディアの力で、全国的に近い価値観、文化圏を形成している訳だが、かつては経済的に商業主義は希薄だったし、メディアの力も弱く、小さな集落単位で生存と集落維持を主な価値観として、現代とは異なる集落毎の文化形成がなされていたはずだ。

見出しにある "非常民" は、"常民" との区別であり、常民世界から見えない民俗文化を強調する意図の現れな訳だが、それはけして綺麗事ではないし、もちろん理想社会であったはずもない。しかし、祖父母 (あるいはもう一つ前) の世代の価値観 (昔話のような隔絶された物語とは違って、実社会を想像できるギリギリのところの価値観) を垣間みることは、現代社会における常識が、唯一絶対のものでないことを知る良いきっかけになるし、また、常識だと思っていることが、歪みであることに気付かされる部分もあり、貴重な一冊であると言える。

いわゆる "良書" だとは思わないが、本書に綴られている事実を知ることは、一皮むけた世界観をもたらしてくれるだろう。