曖昧

「まず、曖昧なんだってことを認識してくれ。」
「車を運ぶ」が曖昧だと言ったら驚くだろうか? とある自動車メーカーのシステム開発に関わった時の事だけど、けして同じ意味では使われていなかった。

「車を運ぶ」と聞いてすぐに思いつくのは、トラックに積んで運ぶやつだ。自動車メーカーが車を運ぶなら、これに違いない。ところが自走ってのがある。バスなんかは運べるトラックがないから、売り先まで運転して行くんだ。一般人は、これを「車に乗る」「車を動かす」と表現するのだけどね。所有者がメーカーからディーラーに変わるのも「運ぶ」になる。「あの車、いつ運ばれたんだっけ?」なんて文脈で登場する場合は要注意だ。実際に運ばれてきた日のことか、所有権が移動した日の事か、ごちゃまぜになってるかもしれない。船で運ぶなんてのもある。意味的にはなんの問題もないのだけれども、なんせ運ぶ台数の桁が違うから、同じ「運ぶ」で表現されると、えらい迷惑だ。それから、お金を払うって意味だったこともある。「あの車も運送会社が運ぶんですか?」「いや、あれはメーカーが運ぶんだよ。」なんて会話があったのだけれど、やっぱり運ぶのは運送会社だった。輸送費用がメーカー持ちだってことを意味していると知ったのは、数ヶ月後の事だった。*1

これで、どれだけ苦労したことか…。私が作っていたのは、「輸送計画システム」だった。時間ミニマムのルート、費用ミニマムのルート、なんてのを見付けて、何を、いつ出荷して、いつ、どこに到着するのか、そんなことをまとめて計算するシステムを作っていたのだ。そんな私にとって、「所有権の移譲」なんてのはどうでいいし、誰が運送費用を負担するかもどうでもいい。ってゆーか、混乱を招くノイズでしかなかった。物理的に車が動く世界が重要だったのだ。だから、船で運ぶのか、トラックで運ぶのかは大きな違いだった。船で運ぶ場合は、無視できるほどに準備時間は短くないし、船に運び込む順番なんてのも大事だからだ。順路が東京、名古屋、神戸だとして、名古屋で車を下ろす時に、まさかいったん全部を下ろす訳にはいかないからね。

「車を運ぶ」を例に出したけれども、一事が万事、この調子だった。別に、そのシステム開発に限った話ではなく、おそらくすべてのシステム開発は、かなりの曖昧さを包含している。昔の単純なシステムでは、できることが限られていたから問題も小さかったかも知れないけれども、要求が高度化するにしたがって、この曖昧さはかなり大きな問題になっていると思う。たぶん、システム開発が失敗する原因の数十パーセントはこのあたりに原因があるんぢゃないかな? 言った、言わないで揉めるパターンや、そんなつもりぢゃなかったのに…みたいなパターンは、表現の曖昧さに起因する可能性が高そうだ。

こんな曖昧さは日常に有り触れている。だけれど、別に曖昧さを排除した表現をするべきだと主張するつもりはまったくない。大事なのは、「言葉による表現は曖昧なものである」と云うことを知ることだ。それさえ共通認識として持っていれば、齟齬を発見し、事態を改善することは難しくはない。常識の範囲で分かると思って説明を省略したりすると、齟齬が発生してしまうかもしれないし、「こんなもん常識やろ! もっと勉強しろよ!」なんて押し付けはかなり危険だ。そうやって追い詰めてしまうと、齟齬を発見する機会はどんどん少なくなってしまう。ま、あまりにも非常識で無知でってのも限度があるとは思うけどね。(^^;

大事なことは知識をひけらかすことでも、相手を馬鹿にすることでもなく、システムを作ることのはず。そのために、まずは「曖昧」を知って欲しいと願っている。

*1:それを発見した時、丁寧に説明したのだけれど、何が問題なのかは理解してもらえなかった。知識が豊富で論理的で、かなり頭のいい人だったのだけれど、それでもダメだった。たぶん、モデリングと云う概念を持っておられなかったからだと思うけど…。