Wanted

「新年早々、なんてこったい。」
仕事始めにも関わらず、どうも気分がのらない。開発がうまく進んでなくて、年末の積み残し仕事が山のようにあるからだ。憂鬱な気分で俯きながら、会社への道を歩いていた。

駅から会社へ行く途中には交番がある。いつもはほとんど気にも止めないのだが、なんとなく掲示板が目を奪われてしまい、そこにとんでもないものを見てしまった。な、なんと、指名手配として自分の顔写真が貼ってあるではないか!

「そんな馬鹿な…」とは思いつつ写真をよく見てみると、ずいぶんと髪型が違う。刈り上げスタイルだったのは確か 3 年ほど前だったかなぁ…と、昔のことを思い起こしてみた。そういえば、短期間だけ警視庁のシステム開発に関わっていたことがあり、開発の終わりの方で、デバッグと最終テストを手伝ったんだっけ…。あの時は悪ふざけして、開発メンバー同士でデジカメ写真を撮り合って、お互いの指名手配データをリアルに作り込み、それをテストデータに仕立てたのだが、どうやらその時の写真が、なんらかの原因で表に出てしまったらしい。システムの完成と同時にテストデータはすべて消したはずだが、こうして出て来てしまっていると云うことは、バックアップデータを戻す手順でも間違えたのかもしれない。

「やばい…。」経緯がどうであれ、公式には指名手配犯なのだ。間違いを直してもらわないことには逮捕されてしまうかもしれない。仕事も火を噴いていると云うのに、まったくもってついてない。もう、動転していてどうしていいのか分からないが、とりあえず持っていたペンでおでこに大きめの黒子を書いて、顔の特徴をごまかしてみた。こんなことは小学校の時に教科書に落書きして以来だ。まあ、それはともかく、一度帰宅して落ち着いてから出直さないことには、とてもぢゃないが、こんなところをウロウロしている場合ではない。

「警察に事情を説明すれば、あっさりと解決するだろうか?」と帰りの電車の中でずっと考えていた。おそらく何も問題なく釈放されるだろうが、実際に指名手配として顔が出てしまった以上、しばらくは勾留されてしまうかもしれない。仕事が切羽詰まっている状況なので、数日間といえども勾留は困る。手違いであることが明らかになっても、イメージダウンを恐れた会社から首を切られないとも限らない。こんなくだらないことで路頭に迷うようなことにはなりたくないから、もし、他に打つ手があるなら、それを試してみたいところだ。

帰宅していろいろ悩んだ末に、開発時に使用したテスト用のアカウントを使って、試しに接続してみることにした。「あの時の公開鍵が、まだ有効だといいのだが…。」すると、意外なほどあっさりと接続できてしまった。どうやらテスト環境がそのまま残っていたらしい。なんとセキュリティの甘い…。まあ、それで自分の身が助かるのだから不幸中の幸いだ。セキュリティに関してはあとで報告するとして、システムの中の自分のデータを削除して、Web を確認してみた。とりあえず、Web 上の指名手配リストからは顔が消えた。これで、もし、逮捕されたとしても、警視庁に問い合わせれば、指名手配ではないことが分かるだろうから、ひとまずは安心だ。掲示板に出回っている顔写真も入れ替わっていて欲しいものだが…。

翌日、改めて仕事始めの出社をすべく、同じ交番の前を通りかかった。掲示板には、やはり指名手配としての写真が残ったままだった。落書きした黒子もそのままだ。「やれやれお役所は対応が遅いなぁ…」そんなことを考えつつ、改めて詳しく内容を読んでみた。そこにはこう書いてあった。

「容疑 : 警察ネットワークへの不正侵入、およびデータの改竄。容疑者はシステム開発関係者で、予め仕掛けておいたバックドアを利用した模様。」