ギタリスト

「カッコいいギターをゆずってもらって。」


最近、ギターを始めたのだが、こいつがなかなか難しい。左手で弦を抑えるのも、右手でギターを奏でるのも、なかなか思うように行かない。"継続は力なり" と言い聞かせ、毎日、必ずギターを弾くようにはしているが、どの程度上達したか、自分ではなかなか分からない。半分、執念のようなもので弾き続けているような感じだ。

比較的、出張の多い生活を送っているのだが、泊まりの出張ならギターを持ち歩くことが多い。大きくて邪魔だと思わないでもないが、"毎日、弾く" ために、できるだけ持って歩くようにしている訳だ。

ある日、いつものとは違うギターケースを持って出張に出かけた時のこと。新幹線のグリーン車に乗り、自分の席に着くと、隣の乗客がギターケースを指差し、「それは、お仕事の道具ですか?」と声をかけてきた。

よく見れば、IT 業界であまり評判のよくない某大手企業の副社長だった。営利最優先の強引な経営手法でのし上がって来たために、敵も多いともっぱらの噂だ。先週号の雑誌にインタビューが掲載され、今日の目的地が同じだと云うことは知っていたのだが、まさか隣に乗り合わせるとは…。偶然とは恐ろしいものだ。

「とんでもありません。ただの遊びです。」と苦笑いを浮かべて答えた私に、「いやいや、最近は遊びの人もプロ顔負けだったりしますからねぇ…」と、さらに追い打ちをかけてくる。これがやり手のトークと云うものだろうか? 「いえいえ、ホントに始めたばっかりで…」と困った顔しかできない自分が情けない。中を開けてみせてくれとか、弾いてみてくれと言われると、いよいよもって困ったことになるだろうし、ここはおとなしく座って、眠りこけることにした。

数時間の後、目的地に到着。ここはとあるビルの屋上。ギターケースを開き、中にあった部品を取り出し、丁寧に組み立てた。煙草をくわえながら組み立てたライフルのスコープを覗くと、少し離れたビルの中から新幹線で隣の席だった男が出て来るのが見えた。

「あんたの言う通り、こいつは仕事の道具だよ。大きな声では言えないが、シティハンターに憧れて、去年から始めた副業なんだ。最近、不景気だからね。」そうつぶやきながら、男のこめかみをめがけて引き金を引いた。